「真珠は作れるけど、珊瑚は作れない。」

珊瑚は作れない、という言葉がずしんと胸に響いていた。
そうか。真珠は作れても、珊瑚は作れないのか。まるで竜宮からの贈りもの・・・。


昨秋、伊勢志摩に真珠の養殖を見に行ったときは、5千の貝から1個しか発見されない天然真珠の希少価値と、世界で初めて養殖真珠を創った日本人の英知に感動し、西洋で花嫁の宝石と言われる真珠に魅せられた。だが「日本の花嫁の宝石」と呼ばれ、女性の日本髪や着物を飾り、結婚や安産のお守りとして珍重されてきた「珊瑚」は、海の生物そのものであり、神が作ったもの。人間が作れるものではない。そこに再び、惹かれた。

調べているうちに珊瑚の途方もなく広く、不可思議に世界にはまった。実は珊瑚には大別して2種類ある。1つは穏やかな浅い美しい南の海にある珊瑚礁、白くてやわらかく繊細な「六放珊瑚」(ろっぽうさんご)で、「岩礁珊瑚」と言われる。もう1つは烈しく厳しい潮流の底に眠る深海の珊瑚、石のように固く、磨けば色鮮やかに輝く「八放珊瑚」(はっぽうさんご)で、「宝石珊瑚」と呼ぶのだ。この2つは全く別物だと言うことを初めて知った。そうか、子供の頃に見た簪(かんざし)や帯留めの、あのまろやかに美しく光る珊瑚は、光の届かない深海にひっそりと眠る宝石珊瑚なのか。それは今も海に有るのだろうか。

その海と珊瑚、職人の腕を見たくなり、一路、西南の海、土佐へ。

その豊かな大地と海には、ゆったりとした時の流れと、温かい人の心、そして古代からの知恵と美があった。
初めて訪れた四国、最果ての高知の海は蒼く深かった。一見穏やかに見えるが、沖では足を取られるほど潮流が早いと聞く。高知から電車で昔「中村」と呼ばれた古い山間の村へ。そこから車で四万十川沿いに下り、海岸線を土佐清水へ向かう。ほとんどが堅牢な荒石に守られた海岸と、絶壁の岬が続く。右へ行けば大月、宿毛。左は先端の足摺岬。まずは宝石珊瑚の海と言われる「月灘」(今の大月市)へと向かう。蒼海が延々と続き、まれにある静かな湾は小さな港になっていて、釣り船が停まっている。この辺りは鰹(かつお)の一本釣りの海としても知られる。鰹が泳ぐのと同じ黒潮の海で、世界一美しい宝石珊瑚が採れて、高い技術で加工されているという。それだけでなく、沖縄、五島、イタリア、ハワイ、ミッドウェー、ベトナムなど、世界各地から集められた珊瑚の加工や細工を一手に引き受けているのが、土佐という土地なのだ。

宝石珊瑚はデザインされて、身を飾る装飾品として用いられるだけでなく、彫り師によって美術工芸品となり、家を飾る財産となる。名工の技術で生まれ変わる黒潮の海の生物、世界が求める海の宝石。それが土佐の宝石珊瑚である。