「日本の宝石珊瑚の始まりは、土佐。」

海に面した高知県でも、珊瑚が採れるのは、東先端の室戸岬(室戸市)と、西先端の足摺岬(土佐清水市)、そして大月市から宿毛市にかけて。中でも小才角(こさいつの)、西泊という集落のある、古くは「月灘」と言われた海を聖地とする。採れる珊瑚は「桃珊瑚(モモ)」「赤珊瑚(アカ)」「白珊瑚(シロ)」。

この海に宝石珊瑚が眠っていることは、古くから漁師間で知られていたと思われるが、本に書かれたのは19世紀初め、江戸時代の文化年間が初めて。西泊の漁師が海に打ち上がった桃珊瑚を拾ったとか、室戸の漁師や、足摺岬の松尾浦の漁師が、偶然に網にかけたとある。その後、天保年間に1人の漁師が、網のついた石を深海に落として引きずる引き網漁法を考案。しかしこれが陽の目を浴びるのは明治時代になってから。何故かというと珊瑚は幕府のご法度品であり、存在が知られれば召しあげられる禁断の品だったのだ。土佐の殿様は巡礼のお遍路さんを通じて、土佐の海に眠る財宝が江戸幕府に知られるのを恐れ、漁民に珊瑚を差し出させて隠したという。珊瑚について語るのを禁じ、採ることも持つことも禁じた。もし逆らえば厳しい罰が待っていた。

土佐脱藩の幕末志士、坂本龍馬らの活躍で江戸幕府が倒れて大政奉還となり、明治時代を迎えると、珊瑚の採取や商売、貿易も全て自由になった。珊瑚の夜明けである。底引き網の漁法も広まり、日本の海だけでなく、時に外国の海にまで漕ぎ出して行って珊瑚を採り、売り買いできるようになったのである。新商売に夢をかける人々は珊瑚景気に湧いた。またその頃、地中海の珊瑚王国であるイタリアの商人が、新しい土佐の「桃珊瑚」を求めて土佐に住み、研磨の技術や彫刻など新しい文化をもたらした。イタリアはじめ地中海は古代から「紅珊瑚」の産地で、鎖国以前の日本にはこの紅珊瑚が、中国大陸、ペルシャを通じてもたらされていた。今では「胡渡り」と呼ばれるこの紅珊瑚にも、意外な古い歴史があったのだ。

余談だが、江戸時代の末期には、長野や群馬の地にも「絹布」を作る蚕種や糸を求めるイタリア商人が来たという伝承があるし、明治になってからはフランス人が住んで、富岡製糸工場はじめ、近代的な絹糸生産の技術を伝えている。まさに、無謀とも思える冒険こそが、文化と商業の発展の始まりであるのだろう。明治20年代の月灘では、最多で一日700艘の「手こぎ船」が珊瑚を採り、中でも100隻の「帆かけ船」が小才角から出ていたと記録にある。しかし、この地域は潮流も早く、台風の通り道である。荒波に揉まれて船が転覆して岸に寄れずに、100名を越える死者を出すことも数度あったという。その悲哀も珊瑚の歴史の一幕である。


「おんなを守る、桃と赤のさんご。」

さて、明治時代には「桃珊瑚」の人気が高かった。「ももいろさんご」と呼ばれるオレンジがかった濃いピンク色で、外国では「コーラルピンク」といわれる。女性の着物姿にあう簪や帯留め、男性の印籠の「くくり玉」、煙草入れの「根付け」となり、これら加工品も土佐の特産品となった。昭和以降には、女性の洋服に合わせたブローチ、ネックレス、イヤリング、指輪、男性用のネクタイピン、カフスなど、幅広いアクセサリーが作られるようになる。

極上の桃珊瑚がとれる土佐では、今でも桃色の数珠(じゅず)が大切な「お嫁入り道具」とされており、子孫繁栄、安産のお守りとして、母から娘に大切に受け継がれる。また子供が産まれてからは、小さな桃色の玉を連ねた数珠を子供の手首に巻き、無事に育つことを祈る。実際に、珊瑚には発熱を知らせ、毒に変色し、身体の異変を伝える、という特質もあるのだ。

珊瑚は海のもの。時に女は海に例えられ、子供は母の羊水に眠る。優しい色合いの桃珊瑚は、若く美しい女性を思わせるが、それが身体を浄化し、生命を育むお守りにもなるのだろう。とても美しい日本の海の習慣。海に囲まれて暮らす日本人の知恵でもある。

一方で、その美しさを世界に誇り「tosa」の名で呼ばれるのが「赤珊瑚」である。中でも価値が高いのは「血赤(ちあか)」と呼ばれる深く黒みがかった赤で、外国では「オックスブラッド」(牛の血)といい、最高値がつく。昔、土佐では、陸にあがって乾いた時に黒く汚なく見えることから、捨てていた珊瑚だと言う。しかしこの赤珊瑚は、磨くと真っ赤に輝いて透明感を増し、その深い赤色は他の宝石に類を見ない。土佐の赤珊瑚にはすさまじい赤味があり、それは厳しい潮流に耐えた証しで、黒潮の海からの贈りものであると言う。その色はまるで、孤独な龍神の血色の涙。そして女性に例えれば、すべて知り尽くした大人の女、というところであろうか。

また、赤色の珊瑚は古くから、イタリア、フランス、イギリスなどヨーロッパでも魔よけのお守りとされており、古くは十字軍の兵士も身を守るために戦下で身につけたという。

キリスト教会では「キリストの血」「マリアの涙」になぞらえ、封建社会では権力の証しとして王冠に付けた。今でもイギリス王室では、女王・王妃が出産する時には必ず赤い珊瑚を産室に持って入るという。ことに王女が産まれてから1年間は、ベッドの脇に赤い珊瑚の首飾りを吊す。王者になるための祈りでもあり、富の証しでもあるのだろう。

一方、アジアや中国でも、赤と金の組み合わせは縁起が良い配色で、お金持ちになれるとされる。赤い珊瑚玉を持つことは富める証しで、中でも土佐の血赤は珍重される。今では土佐の赤珊瑚も台湾に集められ、中国の富裕層に売られていると言う。台湾はかつて、土佐の人々が渡って、珊瑚の採取・加工・販売の方法を教えた国だ。大陸にも、海にも、世界中に目には見えない「珊瑚の道」があるのである。


赤珊瑚(血赤珊瑚)
アカサンゴ。通称「アカ」。透明感のある赤は、薄赤から、深い赤まであり、黒みがかったものは「チアカ」(オックスブラッド) と言われ、希少価値がある。海底70〜300メートル、日本沿岸の西太平洋、高知、五島、三重、相模湾、小笠原、鹿児島と、台湾で採れるが、土佐沖を最高品質とする。

桃珊瑚
モモイロサンゴ。通称「モモ」。朱橙がかった濃い桃色から、白に近いピンクまであり、白みがかったものは「ボケ」(エンジェルスキン)と言われ、希少価値がある。近い色は「ボケマガイ」(フェニックス)など。海底100〜300メートル、日本沿岸の西太平洋、高知、五島、三重、和歌山、小笠原、鹿児島で採れる。
白珊瑚
シロサンゴ。通称「シロ」。純白、象牙色(セピア)、白にわずかなピンクが散るものなどある。海底70〜300メートル、日本沿岸の西太平洋、高知、五島、三重、和歌山、小笠原、鹿児島と、中部太平洋(ミッドウェイ)、東シナ海、南シナ海(フィリピン、ベトナム等)で採れる。