「目の前の珊瑚が、何になりたいか。」

宝石珊瑚にはデザインが必要である。その珊瑚の特徴にあったデザインを与えて、宝飾品・美術品としての価値を持たせるのだ。小さなアクセサリーから、大きな彫刻まで。例えば財ある人の家を飾る置物として。珊瑚は欠かせないものであった時代があった。

昭和時代に、和装文化と、日本建築の激減があり、珊瑚離れが起こって大幅な値崩れが起きた。珊瑚業はすたれ、原木を見る目がある商人と、珊瑚を細工する凄腕を持つ職人だけが生き残ったという。

珊瑚の枝や幹の太さや形はさまざまで、一色で綺麗なものは滅多と無く、必ず「斑」(ふ)や「疵」(ひ)があるものである。それを生かして何をどう彫るか、何に成すか、は良い原木を手に入れて、1つ1つと向き合って、作家が判断していかなければならない。しかも今では電気を使うとは言っても、小さなドリルや研磨機を使う細かい手作業。小さなアクセサリーでも数ヶ月かかって彫り上げることも少なくなく、大作の彫刻であれば数年かかることもあると言う。そんな苦労の末に世界にたった1つだけの「作品」が生まれる。だから私たちが手にした珊瑚はこの世にたった1つだけのもの。その人だけの宝物になる珊瑚はどんな貴石や天然素材とも相性が良く、西洋、東洋を問わず、神秘の宝石として尊重されるものである。

高知市内の桟橋通りにある「高知サンゴ工房」を尋ねた。幾多のコンクール受賞歴を持つ平田勝幸さんの職人技が拝見できて、作品を手頃に買える工房である。平田さんは気さくな親しみやすい方であるが、目つきには職人ならではの鋭さもある。珊瑚漁の網、古い漁の写真など、歴史的な資料が並ぶ工房を見ながら、珊瑚のことを熱心に教えて下さった。作業机の上に、きちんと並ぶ幾多の細かい道具たちと、外皮を剥がし、割って手頃な大きさにしてあるたくさんの原木。まだ磨く前の白く曇った原木の1つ1つを「何にするか」考えながら作品を生み出して行くのだろう。玉を造るには、角取りをして、丸く成型して、研磨して行く。ネックレスに連ねるならさらに、色のグラデーションを考えながら、大きさを揃えて、穴をあける。珊瑚にデザインを施すなら、下絵を描いて、丁寧に掘り起こしながら、磨くことを繰り返す。勘を頼りに想像力をふくらませながら、形をつけて行くのだ。店内の奥まったところには貴重な美術作品が並ぶが、非売品も多い。惜しくて売れないものも多々あるだろう。平田さんの作品からは、珊瑚と向き合う気持ちがひしひしと伝わる。

中でも目を引いたのは珊瑚の「ティアラ(王冠)」。まるで竜宮城の乙姫のためのものか、東洋の姫君のしつらえか、はたまた西の女王の異国好みか・・・。不思議な魅力に目がくらんだ。

我がままを言って、平べったい血赤珊瑚を金で包み小さな真珠をそえたペンダントと、橙の桃珊瑚から立体的なバラを掘り起こしたイヤリングとペンダントトップなどの貴重な作品を譲って頂いた。世界に1つだけの宝物には、一生大切にしようと思わせる力がある。

同日、高知市内の小倉町の「西森珊瑚」を尋ねた。店内には洗練された現代的な作品が並ぶ。オーナーのお嬢さん西森祐里子さんは、平田さんとともに高知市の商工会が立ち上げた若手プロジェクト「シー・プルーフ」のメンバーで、最近「アヴェク・メール(母なる海)」という、母子向けの新ブランドを発表している。土佐に伝わる習慣をもとに、マザーブレスレット&ベビーブレスレットを全国販売するなど、新しい珊瑚の道を模索している次世代だ。その作品には女性ならではの優しさと可愛らしさ、海を愛する心が溢れている。珊瑚の美しさと大切さが、すべて人たちの心に響くことを心から願った。



「海を愛し、珊瑚を愛す。」

高知新聞を読んで初めて、現在、アメリカを中心にワシントン条約では、岩礁珊瑚の保護と共に、宝石珊瑚の貿易を制限する方向にあると知った。日本が世界的な宝石珊瑚の産出・加工国であることを知らなければ関心を持たなかったが、土佐に来て、珊瑚にたずさわるたくさんの方の話を聞いて、これが日本の文化の危機であることを実感した。かつて鼈甲や、象牙、骨や髭まで生かしたという捕鯨もそうであったように、今後、海の恵みの珊瑚で生きる道は、さらに険しくなるのだろうか。経済大国の大量消費を止めるために、世界各国の特徴的な民族文化の産物が止められてしまい、それに従って生きる民族のオリジナリティが消えつつある。世界が画一化しているのは紛れもない事実だ。それが最も良く現れているのはファッションとジュエリーだろう。

魚を食べる文化が消えれば、漁業で生きて行けないのと同じように、珊瑚が必要とされなくなれば、珊瑚業では生きて行けない。もちろん魚も珊瑚も乱獲されて無くなってしまえば産業が成り立たないが、それを防ぐためにも、海を愛する人たちは必死で海の天然資源を守っている。むしろ大企業の大がかりな乱獲とは無縁な、きわめて原始的な漁法を守ることで、資源を海に残しているという事実がある。「魚と珊瑚を絶やすな、恵みの海を守れ。」というのが、土佐の漁師達の熱い誠意である。そのために、鰹は古来から、小舟に乗った漁師1人1人による「一本釣り」で大切に捕獲されたし、珊瑚も最初から何も変わらぬ原始的な底引き網漁法で、海の底に沈む「落木」などを、丁寧に揚げられている。

深海にあって決して人が目にすることのなかった「宝石珊瑚」を引き上げて、人にその価値を知らせることは、ゆったりとした雄大な、母なる海の浪漫。珊瑚の1つ1つは、竜宮から漁師が受け取る、海の恵みの恩寵のようなもの。それを守っているのも漁師なのだから。