土佐の月灘に伝わる「ももいろさんご」の不思議な歌をもとに、昭和48年にポプラ社から絵本「お月さん ももいろ」が発刊された。
前述の川内一幸さんや、高知大学の教授ら、地元の人たちが力を合わせて発刊した本であると言う。

優しい語り口の土佐弁の文章は、松谷みよ子、美しくも悲哀のこもった絵は、井口文秀の作品。当時のお二人の熱い思いと、珊瑚を思う月灘の人たちの思いが一緒になって昇華したような、美しい絵本である。そしてこの本には、珊瑚の持つ意味と価値、愛と悲哀のすべてが綴られている。

物語の舞台となっている「月灘」は現在の大月市の「月下神社」のある地域で、「お月さん」とは月灘の海辺と海をさしている。その海には古くから「ももいろさんご」が眠っていると知られており、江戸時代には、桃色珊瑚を拾った漁師の記録もいくつか残されている。しかしその事実は、決してよそ者には言ってはならない「御法度」だったと言う。

それはもし、珊瑚の存在が江戸幕府に知られれば、財宝として土佐藩から幕府に召し上げられてしまうからだ。だから土佐の殿様は、珊瑚を採ること、拾うこと、持つこと、語ることを禁じたという史実がある。

物語は、海と共に暮らす貧しい少女「おりの」が、それと知らずに桃色珊瑚を拾ってしまったことから起こる悲劇である。

その少女から大切な宝物、桃色珊瑚の原木を貰った山の猟師「与吉」は、心を込めて珊瑚を磨くうちに、知らず知らず少女を愛していることに気づく。

山の若者と海の少女。しかし海のものと山のものは結ばれてはならない。珊瑚にまつわる悲劇、富の争いの醜さが、淡々とした言葉で語られ、美しい絵が添えられているのが、絵本「お月さん ももいろ」である。

この絵本には実際に月灘地方で歌われている「お月さん ももいろ」の口承歌が出てくる。

歌の意味は「月灘に桃色珊瑚があることは、言ってはならない。なのに、言ったのは誰なのか。きっとあまだろう。その口を引き裂け。」歌詞にある「あまん」とは、「海女(あま、潜って貝や魚を捕る女性)」または「小女(あま、幼女、少女)」の意味で、物語では両方の意味がある。

庶民は贅沢品を持ってはならぬ、土地の者としかつきあってはならぬ、藩政に逆らってはならぬ、とされた江戸時代。やがて開国を迎えてすべてが自由になった時、この不条理劇は、やっと終わりを告げたのだろう。

そんな時代があったということを、大人も子供も読み継いで欲しいと心から願う。


ものがたり

土佐の海辺に「じいやん」と住む、美しい娘「おりの」は、小さなころから浜辺へ出て、貝やわかめを拾い、海釣りにも出掛けていた。幼いおりのは、嵐のあとの浜辺に打ち寄せられた「ももいろさんご」を拾う。驚くじいやんは、おりのにももいろさんごの話を聞かせてくれるて、その晩、ももいろのお月さんが昇る。

おりのが十三になったとき、じいやんが病の床につき、高価な「熊の胃」が有れば助かると人は言う。

思いわずらって浜辺に出たおりのは偶然に、山の若者「与吉」と出会い、熊の胃をもらえた。そしてときどき見舞いに来くるようになった与吉に淡い想いをいだく。

「ちんまい おりのは、いつとなし、与吉を 兄のようにおもい、そして いつとなし ふっと きが つくと 与吉の ことを おもっとるように なった。」。

おりのはじいやんの言いつけを破り、一番大切なももいろさんごの原木を差し出す。与吉は美しく磨いたさんごを持って、おりのを嫁に貰いに来ると話した。しかし海の者と山の者は夫婦になれないのが、この辺りの決まりだった。それに気づいた与吉は、二度と会えない決心で山へ戻る。待ち続けるおりのは、浜辺で与吉を思い、「ももいろさんご」の歌を歌った。

その歌が、巡礼たちの口伝いに歌われるようになった。さんごのことを幕府に知られるのを恐れた土佐の殿様は、歌うことも、さんごを持つことも禁じる。そしてさんごを差し出せ、と取り調べられたじいやんが死に、おりのは本当に1人ぼっちになってしまう。与吉は来ない。差し出す珊瑚は無い。

「ももいろさんごは、そんなに おとろしい しなだったのか。海の そこにあると、それもいうちゃならん ことだったのか。おりのは なにも しらんで ひろうたのに・・・。」

そのころ、与吉はさんごに最後の磨きをかけ、輝いてくるももいろさんごに、おりのの顔が重なって、はっきりと自分の気持ちに気づいていく。

「おりのに あいたい。なにげなく、たったいちどで ええんじゃ。」

一方、おりのはさんごを採るために海にもぐり続けた。烈しい嵐がやってきて、少女の命は奪われてしまう。ももいろさんごを抱えて山道を走った与吉が見つけたのは、冷たく濡れて岩に打ち寄せられたおりのの死骸だった。死骸にももいろさんごを抱かせて山に戻ろうとする与吉も、やがて殺される。

与吉が心を込めて磨いたももいろさんごは、殿様の姫さんのかんざしとなった。そして月の海辺では、「お月さん ももいろ」の歌がこっそりと歌いつがれるようになった。


小才角の海にむかって立つ、珊瑚樹を抱えた少女の像。あどけない幼女の面影に、「おりの」の儚い想いが重なる。像は童話発刊後、小才角漁業組合の有志の寄贈により建てられた。

月灘の岬の先端、西泊の港にある天満宮。海に向かって立つこの小さな神社には、珊瑚を描いた天井絵が献上され、今も漁師達の守り神である。


参考資料

「珊瑚」ものと人間の文化史91
著/鈴木克美
【法政大学出版局】
1999年初版

「珊瑚の文化誌」宝石珊瑚をめぐる科学・文化・歴史
編/岩崎望
【東海大学出版会】
2008年出版

「漁(すなどり)の詩」高知の漁業最前線
著/福田仁
【高知新聞社】
2009年出版

「お月さん ももいろ」
文/松谷みよ子
絵/井口文秀
【ポプラ社】1973年初版